KYOTOGRAPHIE 2022「ONE」 ~テーマと展覧会~
みなさん。
2022/05/08に閉幕したKYOTOGRAPHIE 2022、行かれましたか?
KYOTOGRAPHIEは今年10回目の開催で、かつ、こんなに都市全体で盛り上げているアートイベントだからやっぱり県外の人も多く来場したんだろうなぁと思います。
かくいう私も県外から最終日に滑り込みで行ったのですが、前日の夜にHOSOO GALLERYの予約(人数制限があった)をしたとき 前半のほとんどの時間帯は埋まっていました。すごい客集だ…!
KYOTOGRAPHIEに行ったのは今回が初めてでした。VOGUE(ファッション系のメディア)がこのイベントの広告を出していたのを目にしていたので、なんとなく知っていました。
そんなときに写真家の岩根愛さんが展示されていると知ったので、これは行かねば!と思い実際に行きました。
時間の関係上、私はKYOTOGRAPHIEのインフォメーション(八竹庵)とHOSOO GALLERYしか行けなかったのですがどちらも素晴らしい会場でした。
今回はサブタイトルにしている通り「テーマと展覧会」の関係について考えていこうと思います。
※先述した通り当方はHOSOO GALLERY会場だけの鑑賞の感想になります。ご了承ください。
KYOTOGRAPHIE2022のテーマは「ONE」でした。
KYOTOGRAPHIE2022のHPからの引用▽
https://www.kyotographie.jp/?msclkid=db9ad4e8d02f11ec84f7fb3b49279c45
馴染みのある単語で最大限に短くつけられた、わかりやすいテーマです。それに世界情勢を踏まえてつけられたテーマで、さすが国内最大級の写真祭だなあと思いますね。
(個人的に「多様性」という言葉に対して、何かを説明したいときに用いることが少し難しいなあと感じているのですが......)
なんにせよ「一即十」という言葉をこのテーマ説明で初めて聞いたのですが、これをONEに集約するのってセンスが光っているなと感じます。
さて、ここからは、実際の展示にテーマがどのように反映されていたのか考えていきたいと思います。HOSOO GALLERY では、10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭ということで10名の写真家の作品を鑑賞することができました。
まず実際に足を運んで気づいたことは、どのスペースも、作家それぞれの作品が持つ雰囲気をかなり保ったまま空間形成されていることでした。
特にそれを強く感じたのは、稲村亜里子「Eagle and Raven」のスペースでした。
アイスランドの双子の姉妹を五年に渡り撮りためた作品でした。
ファンタジーのような世界観と、愛らしい姉妹の生活は絵本の中のような雰囲気すら有していました。それでも現実の少女たちの時間はフェアリーテイルとは異なり、留まることがない。そんな印象でした。
この作家の展示室は二つのブースに区切られていました。
一方は開かれた明るい白壁の空間で、大きめの印刷で等間隔に作品が並べられていました。
もう片方は小部屋のような空間に入る必要がありました。
この二つの違いは大変興味深く思いました。
というのも、白壁の部屋に展示されているのは作家の代表作といっても過言でない有名な写真が見やすさ重視で展示されているという感じでした。もしくは作品の前に人が混雑することを予想したのかもしれません。
逆に小部屋の方は、すごく狭いために、前の人が少し出るのを出入り口で待ってから入出するという、対照的な空間でした。
小部屋は、白地に細い線の花柄が集まっているような柄の壁でした。繊細でどことなく異国情緒がありました。奥には映像作品を見られるスペースもありましたがまた更に狭く設けられていました。
他の展示作品だったらあまりたくさんの人が同時に見ることができないので改善すべき点になるかもしれませんが、この展示作品に限り、その展示方法すらも表現の一部であると考えられました。
「他人の家に上がり込む」感覚と「他人の人生を勝手に垣間見る」感覚。それらを具現化したような展示室でした。
KYOTOGRAPHIEのHPを読んで知ったのですが、このHOSOO GALLERYの展示は10人それぞれの個展のシンフォニーのような展示を目指したそうです。なるほど、それはかなりテーマに合っていますね。
「個」展が「集合」することで出来上がっている、展示会場の使い方からテーマを感じさせるってすごいなあ。
もう一点、とてもテーマを実感した点はそれぞれの作品の特性でした。誰かの人生抜きでは制作しえなかった作品が集められており、これは「個」人の「集合」で出来た世界に私たちが生きているのだと思い出させてくれます。
生死がテーマの作品が結構あったような気がするのですが、それは多くのアーティストが扱ってきた普遍的なテーマです。
今回の展示では10分の10が女性作家で、人間の誕生について否が応でも考えてきた作家が多いのではないかと展示を見ていて思いました。
もちろんすべての作家からこれを感じ取ったわけでもないので、それぞれの生命に向ける眼差しの違いなども鑑賞していて面白く感じられました。
展覧会を思い出すときに、たとえば岩根愛さんの作品と鈴木麻弓さんの作品など、自分の中で性質が大きく異なる作品同士を頭の中で見比べてみると両方の作家の良さだったり興味深い点が思い浮かんできます。展示していた作家はみんな、自分の目で見たりカメラで写せる以上のなにかを写真や映像に残していました。見ごたえもあり本当に素晴らしかったです。
ここまで展示とテーマだった「ONE」の関係についてみてきましたが、やはり展示テーマが明快だと展覧会が締まるなという感想を持ちました。一貫した姿勢を保つことと、それを会場に来た人にも身体的体験を通じて感じさせるのは簡単なことではないと思います。
また、テーマのおかげで鑑賞する前からある程度の鑑賞に心構えができるのも、ひとつの利点だと思いました。それをいい意味で裏切っていかないといけないというのも難しいことですが、HOSOO GALLERYは成し遂げていたように思います。
ただ、展示会場でふたつ気になったことがあります。一つは、岩根愛さんの映像作品を見るスペースが狭かったことです。人気の作品で、大勢が立ち上がって見ていたので、桜の写真たちに接触するんじゃないかと少しはらはらしました。もっと広いスペースがあってもよかったとも思います。
また、殿村任香さんの展示室内は暗かったのですが段差があって、一応注意は足許にあったものの、私のあとに入ってきた人が転んでいたので、危ないなと思いました。その部分には特別なライティング等が必要だったかもしれません。
気になったことはあったものの、HOSOO GALLERYの、展覧会テーマと高い親和性を持つ展示は大変勉強になりました。
次回のKYOTOGRAPHIEはきっと全会場回りたいと思います。
それでは、また。



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